寿福寺
寿福寺の境内には入れないのですが、お寺の門をくぐって参道は歩くことができます。寿福寺やこの付近の土地は源家や北条政子にゆかりがある場所だけに、歴史を感じながら散策できます。
寿福寺は、源頼朝が亡くなった翌年に妻の北条政子が禅宗の僧・栄西(臨済宗)を招いて建立しました。栄西は宋(当時の中国)に2度も渡った比叡山の高僧で、中国で学んだ禅を広げようとして天台宗の比叡山延暦寺から圧力を受けて59歳で鎌倉に来ました。
禅宗は主に武士達に信仰されていたため3代将軍・源実朝や北条政子は栄西を厚く迎え入れ、寿福寺の建立に至り、実朝や政子のお墓「やぐら」もこの寿福寺にあるのです。
寿福寺の入口
ブログ内に掲載しているGoogleマップは拡大・縮小できるので、指やマウスで画面を動かすと拡大・縮小できます。見たい大きさに調整してください。
寿福寺の門は趣があり、門から真っ直ぐに伸びる参道の風景は心が落ち着き浄化されるような雰囲気があります。
ちなみに、この門に入る手前に石碑だったり公衆トイレもあるので、ご用の方は見落としなく。
石碑には源氏にまつわるこの地について書いてあります。
寿福寺がある場所ですが、今は扇ヶ谷(おうぎがやつ)となっていますが元々は亀谷(かめがやつ)と呼ばれた土地でした。鎌倉幕府の記録書である『吾妻鏡』には亀谷(亀ヶ谷)と書かれていて扇ヶ谷は出てこないらしいです。
寿福寺付近の土地は源家の父祖伝来の地で、源頼朝は鎌倉に入るとまず父・義朝の屋敷があったこの亀ヶ谷を訪れたと言われています。
亀ヶ谷がなぜ扇ヶ谷の地名になったかというと、室町時代にこの地に住んだ上杉定正が「扇谷殿」と称されたことで扇ガ谷の地名が一般的になり、亀ヶ谷の呼び名は廃れたようです。
ガイドブックに載っていないようなマニアックな所にも立っているから、立ち止まって読んでみると思わぬ発見があります。史跡巡りで鎌倉に来た方は、この石碑を見つけたら読むべし。
寿福寺の参道
寿福寺は一般公開されていないためここを訪れる観光客は少ないです。
参道は野鳥の声が飛び交い、しっとりと落ち着いた光景は心が和みました。
参道の入口には看板があり、ここの歴史について書かれています。
先ほどの石碑より断然読みやすいです。
おわりに
1日目:浄明寺緑地公園パノラマ台
2日目:この日巡った場所は、源頼朝のお墓・法華堂跡・白旗神社→北条義時の墓・三浦氏やぐら(お墓)→大江広元・島津忠久の墓→鎌倉宮→永福寺跡→瑞泉寺→護良親王の墓→報国寺→北条高時の腹切りやぐら→日蓮上人辻説法跡→妙本寺→妙法寺
3日目:仮粧坂切通→源氏山の源頼朝像→英勝寺→寿福寺(非公開)→寿福寺トンネル→北条政子・源実朝の墓→銭洗弁財天→極楽寺坂切り通し→稲村ヶ崎→江ノ島→鎌倉高校前の踏切
鎌倉はアップダウンがある地形だからレンタサイクルを利用する際は電動自転車がオススメです。
鎌倉市内の史跡がかなり整備されたようでした。説明書きや看板もリニューアルされてて、大河ドラマに出てくる人物の史跡には「○○ゆかりの地」と名前が書かれた旗(のぼり)が立てられました。お陰で、「ここは誰々ゆかりの場所なんだね」と意識して観光できたので、鎌倉に史跡巡りに行ってみたい方は今年中に行ってみるといいかもしれません。(観光史跡の旗は大河ドラマが終わったら撤去されそうな気がします)
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